大宰府政庁跡の前にある大伴旅人の歌碑【万葉集】

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大宰府政庁跡の前にある大伴旅人の歌碑

福岡には普段あまり目につかないですが、このような歌碑が沢山あります。

特に日本では、明治時代に多くの歌碑・碑刻が建てられました。

以下の歌碑は昭和のものです。

大伴旅人 665~ 731(天智4~天平3)

「やすみししわご大君(おほきみ)の食国(をすくに)は倭(やまと)も此処(ここ)も同(おや)じとそ思ふ」

たまにこの碑の前を通るのですが、『大君の食国』?ってどういう意味だろうと思いながら、(碑の隣に解説もあるのに)特に大して気にも留めず、そのまま素通りしていました・・・。

神亀年間(724年 – 729年)に太宰師として赴任してきた大伴旅人が、大宰少弐の石川朝臣足人(たりひと)という方の「奈良の故郷が恋しくありませんか?」というような歌に対して、「天皇の支配なさる土地は大和もここも同じだと思っています」と返歌した時の歌だそうです。

梅花の宴

730年(天平2年)には、大宰府官人や管内国司と共に、帥大伴旅人宅で梅花の宴を開き32首の梅花の歌を詠んでいます(梅花の歌32首『万葉集』巻五)。

筑紫万葉歌壇の最盛期の宴と言われています。

この時、少弐小野老や山上憶良らも歌を詠んでいます。

その他、筑後国司の筑後守葛井大夫、沙弥満誓(さみまんせい)なども詠んでいます。

梅花の宴の様子のジオラマが、大宰府展示館に展示されています。

旅人が大宰府在任中に筑前守であった山上憶良は旅人の影響を受けていたようです。

大伴旅人にゆかりのある福岡の地域や名前

脇田温泉(鞍手郡若宮町脇田)

遠賀川の支流犬鳴川のほとりにある温泉。

大宰帥大伴旅人が宿泊したと言われています。

吹田荘(すいたそう)

筑紫野市二日市にあった観世音寺領荘園。

919年(延喜19)ごろ成立したと言われています。

次田温泉(すいたのゆ)に旅人が宿泊したと言われています。

※次田温泉は今の二日市温泉あたりと考えられています。

万葉集

ツルの鳴く声を聞いて作った歌

『湯の原に鳴く葦鶴はわがごとく 妹に恋うれや時わかず鳴く』

芦城駅(あしきえき)

現筑紫野市阿志岐一帯にあった駅家。

大宰少弐石川足人や、大宰府の官人たちが旅人を芦城の駅家で送別した際に詠まれた歌(麻田陽春)、大宰府の諸卿大夫(上級役人)と官人たちが芦城の駅家で宴をした際の歌などが万葉集にあるようです。

西鉄電車 旅人

旅人(たびと)という太宰府駅行きの西鉄電車の名前は、太宰府天満宮宮司・西高辻信良氏が大伴旅人の名前から『旅人』の名前を取って命名したそうです。

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にちこれブログについて

にちこれブログを書いている人

筆者:40代男 一児の父

居住:福岡県

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