孔明の帰国(28)- 横山光輝・漫画 三国志から学ぶ人生訓

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名著・漫画・横山光輝の三国志を読んで、その人物や出来事から個人的に得た人生訓を書いています。

孔明の帰国(あらすじ)

孔明は病に倒れ、漢中へ退却します。

孔明の病を知り、機を逃さずと魏は曹真、司馬懿、劉曄などを擁し漢中を攻めますが、悪天候で退却を余儀なくされます。

箕谷では魏延と陳式が命令に背き、司馬懿に大敗。

蜀の苟安が孔明の謀反をでっち上げ、孔明は帰国を余儀なくされます。

第二十八回 孔明の帰国の巻から学ぶ人生訓

孔明に学ぶ

魏軍との戦いで何とか勝利した孔明でしたが、のちに病に倒れますが、孔明は疾風のごとく、漢中に引き上げ、司馬懿を驚かせます。

また、魏延が命令を無視して大敗した件で、孔明は大変その対応に苦慮します。

蜀はこの頃、張苞は破傷風で亡くなり、人材不足に苦しんでいました。

本来ならば、魏延の行動は軍律に正して打首のところでしたが、今は蜀には人材がいません。

そこで、やむなく陳式は死罪にしたものの、魏延は処分しませんでした。

孔明にとっても、苦渋の決断だったろうと思います。

それなら、馬謖を生かしておいていたら・・・とも思いますが、後の祭りですね。

また、孔明は、病の曹真に手紙を出して憤死させたために、魏帝は激昂し、司馬懿は孔明と対戦しますが、ここでは孔明は有名な『八卦の陣』で司馬懿を破ります。

謀反の濡れ衣を着せられた孔明は撤退の際に、『竈(かまど)』を利用して司馬懿の追撃を避けたのは見事でした。

魏延に学ぶ

魏延と陳式は祁山を目指し箕谷を通過中、鄧芝に敵の伏兵に注意するよう進言されるも、これを無視。

司馬懿の伏兵に完全に包囲された蜀の陳式軍は大きな痛手を負います。

魏延は自分に自信を持ちすぎる人で、少し反骨心が強い性格をたまに垣間見せます。

孔明としても、魏延の武勇は買っていたものの、使いにくい人材であったことは想像に難くないですね。

苟安に学ぶ

蜀の兵糧部隊の苟安は酒に溺れ、自らの役目を果たさずに10日間も遅れて兵糧を輸送しました。

怒った孔明は李厳が重用している家来ということで、死罪は許したものの、百叩きの計に処します。

これが後の憂いとなり、苟安は魏と内通して、『孔明に謀反のたくらみあり」と劉禅に進言し、孔明は兵を撤退せざるをえなくなります。

このような状況からも、蜀はだんだん優れた人材が減り、私服を肥やす人間が増えてきたことがうかがえますね。

劉禅に学ぶ

孔明が成都に戻った時には、劉禅は遊び呆けて、肥満し、脂ぎった体をしていました。

良い側近がいなかったことが大きな原因で、蜀は内部から少しずつ破綻しているのがわかりますね。

孔明は再度祁山に向かう際に、蔣琬や費禕に簡単に謀略に落ちないよう、また、劉禅をしっかり教育するように釘を刺します。

この辺りからも孔明の苦悩が見て取れます。

まとめ

この巻でも、孔明は、いまだ采配も冴え渡り、ひとり奮闘しているように思いますが、その反面、人材不足が深刻になりつつあることが随所に顕在化します。

特に、魏延の勝手な行動や苟安の怠慢は蜀に取っては痛かったですね。

本来なら死罪でもおかしくないはずですが、孔明はそれを出来ませんでした。

人材不足を一番痛感していたのは孔明だったはずです。

この巻は今まで以上に『人材』の大切さを実感する章でした。

(前の巻)陳倉の戦い(27)

(次の巻)祁山の戦い(29)

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にちこれブログについて

にちこれブログを書いている人

筆者:40代男 一児の父

居住:福岡県

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