孔明の出廬(11)- 横山光輝・漫画 三国志から学ぶ人生訓

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名著・漫画・横山光輝の三国志を読んで、個人的に得た人生訓を書いています。

孔明の出廬(簡略)

偽手紙によって、劉備の下を去り、曹操に降ることになった徐庶。

その徐庶は、劉備に諸葛亮孔明の存在を知らせます。

劉備は三顧の礼をもって孔明を迎えます。

孔明は天下三分の計を説き、魏呉蜀の三国時代の幕開けを予見します。

劉備に加わった孔明が一気に歴史を動かします。

第十回 孔明の出廬の巻から学ぶ人生訓

徐庶から学ぶ

徐庶は劉備の下を立ち去る際に、孔明の存在を劉備に知らせ、二人の橋渡しに成功します。

徐庶の役割も大きかったですね。

劉備に学ぶ

劉備は孔明を訪ねるも不在で会うことができません。

三度目の訪問の際に、ようやく孔明は在宅だったけれども、昼寝をしていたため、劉備は、孔明が起きるまで待ちます。

劉備のこの配慮も孔明の心を動かしたひとつの要因かもしれないですね。

こうして、劉備は三顧の礼をもって、遂に孔明を迎えます。

大切な人はなかなか得難いということですね。

また、荊州の劉表は病気のため、劉備を呼び、荊州の統治をお願いされます。

しかし、劉備は、劉表に子息がいることを理由にこの申し出を断ります。

孔明は蜀の国を建てるための第一歩として荊州を統治すべきと説くも、劉備は人の不幸で喜びたくはないといい快諾しません。

これこそまさに、劉備らしさであり、時にもどかしい気分にもさせられる一幕でもあります。

でも、何となく私もこの気持ちはわかりますし、こういう劉備だからこそ、多くの人がついてきたのかなとも思います。

ただ、軍師の孔明としては、やきもきさせられる場面だったろうと思います。

孔明に学ぶ

遂に蜀の軍師となる諸葛亮孔明の登場です。

それまで仕官することもなく、密やかに暮らしていた孔明も、劉備の志に共鳴します。

まず、天下三分の計を説き、蜀の地を統治することを劉備に伝えます。

ここに三国時代が始まります。

孔明にべったりの劉備に、関羽と張飛はある意味嫉妬に似た感情を抱くも、曹操の大群が攻めてきた際に、孔明の計略で見事に曹操軍を撃破し、二人も孔明に心服します。

また、孔明は劉備の義に厚い性格を見抜き、『大義と小義』の違いを履き違えないように説きます。

個人的には孔明のおかげで、これまで小義にこだわっていた劉備が、大義を意識するきっかけになった点も見逃せないと思います。

孔明は劉備にとって、文字通り『水を得た魚』となったとも思うし、ただ、孔明は劉備の義に厚い性格が時に苦労するきっかけにもなっただろうとも思います。

(関連記事)

諸葛亮孔明の天下三分の計に学ぶ近視眼的にならない考え方

劉表に学ぶ

劉表は、特段才能のあった人のようには見えないけれども、自分の病状から死が近いことを知り、劉備に荊州を任せようと考えます。

普通なら息子に任せるところですが、二人の息子はその器でないことを見抜き、劉備に任せようとしたところは、ある意味潔さというか、民を思ってのことだったのかなと思わなくもないですね。

まとめ

待望の孔明の登場で、舞台は一気に急展開を迎えます。

この時孔明が登場しなければ、荊州はおろか、劉備も更に窮地に立たされていたことは確かで、劉備がこの時点で以前よりも人材を求めるようになっていったのも、窮地を救った遠因とも言えそうです。

劉備自身も様々な経験を積むことで、更に人を受け入れる器が大きくなっていき、優秀な人材が集まりやすくなっていったのかもしれないですね。

まあ、これは私の仮説ではありますが。

(前の巻)玄徳と凶馬(10)

(次の巻)孔明の大論陣(12)

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筆者:40代男 一児の父

居住:福岡県

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