武藤資頼・資能の墓 鎮西奉行・元冠で活躍した鎌倉武将の墓

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安養院跡五輪塔(武藤資頼の墓と伝えられている)

武藤資頼・資能の墓への行き方

福岡方面から、県道76号線を直進。大宰府政庁跡を過ぎて、次の交差点を仏心寺側に左に曲がって、ひたすら真っすぐ進むと左手にテニスコートがあり、その小道(坂)をまっすぐ上っていくと右手に看板が出ています。 とにかくわかりにくいです・・・(一番下にMAP記載)

武藤氏の墓の案内板

■「武藤氏は鎌倉幕府の武将で大宰少弐を世襲したことから、少弐氏と名乗る」
■「武藤資頼(むとうすけより)は源頼朝の命で鎮西奉行として初代守護職となった。」
■「武藤資頼の墓は本来は五輪の塔だったが、上の2つが欠けています。日本で唯一の方形五輪塔として福岡県重要文化財に指定されている。」
■「武藤資頼の子、武藤資能(むとうすけよし)は、鎌倉時代の元冠(文永・弘安の役)において、子の少弐経資や少弐景資らとともに日本軍の先頭に立ち、元の大軍と戦った。高齢でありながら、弘安の役にも出陣し、壱岐島の戦いで活躍したが、その時の負傷で亡くなった」そうです。

補足

少弐資能顕彰碑

元冠の際に、国を守った功績に対して建てられたものだそうです。

揮毫は、太宰府の書家、古賀井卿(こがせいきょう)氏(1891年~1982年)。

まとめ

学校の授業では細かすぎて習わないようなことではありますが、元冠で戦った方の墓がこんなところにあるのだと知ることができて良かったです。

2015-08-29-11.05.55
宝篋印塔(武藤資能の墓)

2015-08-29-11.05.58

2015-08-29-11.06.07

漢詩人・宮川有水の謹賦

2015-08-29-11.06.30

少弐資能顕彰碑(題字揮毫:古賀井卿)

※場所は赤い印のところではありません。下記はおおよその地図です。テニスコートが目印にしてください。

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にちこれブログについて

にちこれブログを書いている人

筆者:40代男 一児の父

居住:福岡県

20代前半にアジア一人旅(4ヶ月)をしました。その時滞在した国は11カ国。その後、2001年から海外移住(タイ)生活を3年半ほど経験。伸び盛りのアジアの国々を肌で体感しました。ウェブのことは2001年から友人のドイツ人の家に入り浸って習得。趣味はテニスです。

ITを使った在宅ワーク(物販・コンテンツ制作・ITサポート)を始めて10年以上になります。

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