明治期頃の久留米の洋画界の流れ 教師・森三美などについて

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久留米の洋画の流れ 教師・森三美などについて

洋画については門外漢で、知識があるわけではないですが、福岡のことを学ぶ上で、色んな方のことを知っておいてもいいかなと思い、ここに学んだことを記載してみます。

『青木繁と坂本繁二郎』という本を読んで感じたのが、若い彼らに少なからず影響を与えたのがこの森三美(もり・みよし)という方だったようです。

先述の本の著者の河北倫明氏も書いてあるのですが、明治期に、久留米という発展からは立ち遅れた町からどうして青木繁や坂本繁二郎、古賀春江などの著名な画家が出たのかが不思議だったのですが、そこにこの森三美という教師がいたことが大いに関係しているのではないかと書かれていました。

森三美は明治5年、久留米日吉町の生まれで、明治20年に京都府画学校に入り、西宗に学び、明治27年から久留米高等小学校で図画を教えたそうです。

その中に、青木繁や坂本繁二郎がいました。

東京で不遇の境地久留米に戻った青木繁は九州を放浪する中、森三美を訪ねた時期もあったそうです。

また、のちに、坂本繁二郎もこの久留米高等小学校で図画の教鞭を執り、その中にブリヂストン創業者の石橋正二郎氏がいました。

その石橋氏が、のちに石橋美術館を建てることになります。

久留米の洋画界の数奇な運命は、まずは森三美から始まったと言えそうですね。

また、福岡の俳人、阿部王樹もまた、東筑中学時代に、この森三美から画を習ったようです。

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にちこれブログについて

にちこれブログを書いている人

筆者:40代男 一児の父

居住:福岡県

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