何で博多弁じゃないといけないの?方言の強制 

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今日ラジオを聴いていると、福岡県外から引っ越してきたリスナーの方が「職場で博多弁を無理やり話させられて困っている」というコメントが寄せられていました。

ずばり、「方言の強制」ですね。

これは正直自分もラジオを聴いていて、実際に自分が他の方言を強制的に喋らされたら嫌だな~と思いました。リスナーさんに同感です。

私の場合は逆に福岡弁をしゃべることに多少コンプレックスがあって、他の都市に行くと、できるだけ「標準語」でしゃべろうとしてしまいます。

何か少し気恥ずかしいんですよね。訛りがバレるのが嫌というか。

それと何となく、東京や他県で話す場合は、標準語で話すのがエチケットみたいな考えが私にはあるのかもしれません。

でもその半面、自分の故郷の言葉が一番自分にしっくりくるのも事実です。

むかし、海外暮らしをしていた時、日本人の友人たちと遊んでいた時には、すべて「標準語」で話をしていました。

でも、ある日、何を思ったか、みんなを笑わせるために、ギャグを博多弁で喋ると、周囲がドッ!と沸いて爆笑の渦に包まれました。

友人は「何で今まで博多弁をしゃべらなかったん?超おもろかったわ~。腹痛い・・」と言ってくれて、自分も心の底から大爆笑していました。その時が一番「素の自分」だと感じました。「方言=素の自分」という図式です。

だから、このラジオのリスナーさんの「方言の強制」のコメントを聞いて、地元の方言や訛りを強制的に変えさせられるということが、どんなに嫌なことか少し自分にもわかりました。

博多弁に限らず、方言というのは、日本全国、もっと言うと、世界中に無数にあるようで、ある意味方言は自分のアイデンティティとも言えなくもなく、それを否定されるというのは、自分を否定されているのと同じ意味と相手は感じるのかもしれないですね。

そう考えると、ひとりひとりの話す方言を尊重することって実はとても大事なことじゃないかなと感じました。

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にちこれブログについて

にちこれブログを書いている人

筆者:40代男 一児の父

居住:福岡県

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