福岡 近代書家一覧

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福岡近代書家ギャラリー

福岡に由来のある近代(明治・大正・昭和期頃)に活躍された書家さんの掛軸や色紙などを集めてみました。まだまだ掲載量が少ないですが、時間のある時に少しずつアップしていきます。

原田観峰

福岡瀬高町(現・みやま市)出身の書家

観峰流書道の祖。

日下部鳴鶴

日下部鳴鶴

福岡の出身ではないですが、大宰府政庁跡の碑文を書いた方がこの日下部鳴鶴さんです。関連記事:大宰府政庁跡の太宰府址碑と書家・日下部鳴鶴

日下部鳴鶴、中林梧竹、巌谷一六は明治時代の三筆と呼ばれています。

日下部鳴鳳

明治~昭和期の福岡の書家。
略歴など詳細は今後調べてみようと思います。

坂口雅風

福岡の書家 坂口雅風作 『大唐三蔵聖教序』 (書籍より)

解説書の結びに、「王羲之の書の蘭亭叙に、出発して五十余年、更に字数を蓄積するためにこの聖教序を毎日、千字精習して、半紙に二百枚!半紙の柱が何本も出来ました」とあります。

辻本史邑、炭山南木に師事。日展(入選・通算11回)

社団法人福岡県美術協会理事。

※この資料に掲載された当時の記録を参考にしました。

宮小路浩潮

太宰府出身の書家

六度寺の僧時代に、太宰府の吉嗣拝山に書を教えたことでも知られています。

僧時代は『仙賀』という名だったようです。

明治維新後、太宰府天満宮の社家から還俗(げんぞく)。

のち書家として活躍した方です。

※還俗とは・・・僧が僧籍を離れて、俗人にかえること。

僧が還俗しなければならなかった理由は、明治元年の神仏分離の影響と言われています。この時、天満宮も宮寺(神社に付属して置かれた寺院)から神社になりました。

古賀井卿

太宰府の書家 古賀井卿さん(1891年~1982年)

武藤資頼・資能の墓を見に行きましたが、そこに揮毫してある石碑もこの古賀井卿さんの書でした。

太宰府天満宮に奉職されたこともあるようです。また、数々の歌碑の揮毫もされているようです。

石田霞洞

大牟田の書家 石田霞洞の書になります。

同じく大牟田の書家、石田霞村の師。

書籍なども出版されているようですが、詳細は不明。
記念碑の揮毫なども手がけたようです。古くてシミが強くなっています。

佐藤翠峰

洗心書作家協会会長・西日本文化サークルの講師を務めた、佐藤翠峰氏の書。

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にちこれブログについて

にちこれブログを書いている人

筆者:40代男 一児の父

居住:福岡県

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