福岡に縁のある臨済宗の僧やお寺について

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福岡に縁のある臨済宗の僧やお寺

福岡の歴史を学んでいると、素通りできないのが、お寺の僧についてのこと。

このページでは臨済宗のお坊さんやお寺などについて記載したいと思います。

まだ書きかけであり、不十分な点もありますが、随時加筆修正したいと思います。

臨済宗

栄西(ようさい)

永治元年(1141年) – 建保3年(1215年)

平安時代末期~鎌倉時代初期の臨済宗開祖

中国・南宋で禅宗を学び帰国。

福岡では、日本初の禅寺である、博多の聖福寺を建立されました。

聖福寺は臨済宗妙心寺派の寺院です。

日本で始めて喫茶を広めたとも言われています。

円爾弁円(えんにべんえん)

1202年-1280年

鎌倉時代の臨済宗の僧。諡号(しごう)は聖一国師。

※諡号というのは贈り名の意味で、没後、朝廷から贈られた名前のことです。

福岡では中国宋の豪商、謝国明が建てた、博多の承天寺(臨済宗東福寺派)の開山となります。

元寇で活躍した、鎮西奉行の大宰少弐・武藤資頼が招聘したと伝えられています。

また、当時博多では疫病が蔓延していたため、疫病退散のためおこなったのが、博多祇園山笠起源とされています。

また、宋を訪問した際、満田弥左衛門(みつだやざえもん)を伴い、弥左衛門は宋で習得した技術・製法を元に、博多織の祖となりました。

宋から持ち帰ったお茶を静岡で広めたのが、有名な静岡茶の起源とも言われています。

神子栄尊(じんしえいそん)

1194~1272 (建久5~文永9)

筑後三瀦荘に生まれ(この地に朝日寺を創建したと伝えられています)。
聖一国師ともに渡宋。径山の無準師範に参じた。
帰国後、肥前万寿寺、筑後朝日寺のほか筑前、豊前にも禅刹を開く。

乾峰士曇(けんぽう しどん)

1285-1361(弘安8-康安元年)

筑前博多生まれの臨済宗の僧。

承天寺の南山士雲について出家。

1313年、浄智寺の高峯顕日(こうほうけんにち)に、のち、建長寺の明極楚俊(みんきそしゅん)に参じる。

南禅寺の首座になる。
崇寿寺、普門寺、安禅寺に歴任。

1337年に東福寺17世→1347年に南禅寺20世→1355年に鎌倉の建長寺32世と円覚寺25世を兼任。

古渓上人(蒲庵古渓)

1532-1597(天文元年-慶長2年)

安土桃山時代の臨済宗の僧

安土桃山文化の大徳寺の僧で、名は宗陳、蒲庵と号していました。
豊臣秀吉により流刑され博多へ。

博多では茶人で豪商の神屋宗湛や島井宗室らが古渓上人のために、庵室大同庵を建てたと言われています。

福岡に縁のあるお寺の住職や僧

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にちこれブログについて

にちこれブログを書いている人

筆者:40代男 一児の父

居住:福岡県

20代前半にアジア一人旅(4ヶ月)をしました。その時滞在した国は11カ国。その後、2001年から海外移住(タイ)生活を3年半ほど経験。伸び盛りのアジアの国々を肌で体感しました。ウェブのことは2001年から友人のドイツ人の家に入り浸って習得。趣味はテニスです。

ITを使った在宅ワーク(物販・コンテンツ制作・ITサポート)を始めて10年以上になります。

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