初心者が上野焼について学んでみました

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写真は日本陶磁体系『上野』より抜粋

福岡の焼き物、上野焼について正直、まったく興味もなかった上に、以前はその存在すら知らなかったのですが、福岡のことを学ぶにしたがって、段々興味が出てきましたので、今回幾つか本を読んでみました。

まずは、上野は「うえの」ではなく、「あがの」と読みます。

『上野焼(あがのやき)』が正解です。

『あがの』とは、福岡県の田川郡福智町(旧赤池町上野)付近、彦山川右岸から福智山山ろくにかけてのことを言うようです。

上野焼の歴史

豊前細川藩の御用窯として1602年(慶長7)以後に興った窯で、朝鮮から渡来した、陶工の尊楷(そんかい)が開いたとされています。

この尊楷(のちの日本名・上野喜蔵)は、豊臣秀吉の文禄・慶長の役の際に加藤清正により連れ帰られたそうで、以前は唐津に住んで陶器を製造したいたようですが、一時陶法の研究のため帰国した後に、小倉藩の細川忠興(ただおき)に招かれて、上野で窯を開いたようです。

尊楷(上野喜蔵)は、後に熊本に移り住み、八代焼(高田焼)を開窯しています。

上野焼は、江戸中期の茶人、小堀遠州が、自分好みの窯として、切型などを送って造らせたそうで、遠州七窯として知られているようです。

また、慶長年頃から民用品として片口、すり鉢、皿などを製造していたようです。

ちなみに、『鋳物師原(いもじばる)』や、『釜蓋』、『釜の口』という地名が残っているのも大陸から工人が集団で住んでいたためと言われているようです。

まとめ

正直なところ、焼き物に関しては、今の若い世代で興味のある人は少ないように思います。

そもそも、私も若い人が焼き物について語っているところなんてあまり見たこともないかも知れないです・・・。

それでも、触れてみると、温かみがあったり、安い海外製の陶器にはない味わいみたいなものもありますよね。

海外の安い商品や100円ショップなどに押されて、福岡の伝統工芸品が使われなくなっていくのは残念なことですが、このように、歴史を学んでみることで、少しは焼き物にも興味が沸いてくるのは不思議なものですね。

このような古い歴史があったこと自体に驚きがあったと共に、上野焼の存在すら知らなかったことに恥ずかしくもあります。

正直、福岡に住みながら、私があまり田川方面に行ったことがないというのも関係していると思います。

ただ今回、上野焼について学んでみることで、田川についても興味が出てきました。

学ぶことで芋づる式に興味の範囲が拡がることは良いことですね。

今回は初心者の視点で上野焼について書いてみましたが、詳しい焼き方や釉薬などは専門の書籍などを参考になさってください。

日本陶磁体系『上野 高取 八代 小代』高鶴元著 平凡社という本を読んでみました。

著者の高鶴元という方は、現代の上野焼の陶工です。

初心者の私には難しかい部分が多かったですが、なかなかためになりました。

福岡・博多の歴史や文化

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にちこれブログについて

にちこれブログを書いている人

筆者:40代男 一児の父

居住:福岡県

20代前半にアジア一人旅(4ヶ月)をしました。その時滞在した国は11カ国。その後、2001年から海外移住(タイ)生活を3年半ほど経験。伸び盛りのアジアの国々を肌で体感しました。ウェブのことは2001年から友人のドイツ人の家に入り浸って習得。趣味はテニスです。

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